Part3 やる気にさせるコーチング7箇条

1.「勉強しろ」とは絶対言わない!

少年野球のコーチが発する言葉に、「ボールを良く見て振れ」という表現があります。
いわんとする所はわかりますが、少なくとも野球好きな子どもが、全くボールを見ないでバットを振っているはずがありません。
「良く見て振れ」と言われても、心の中で「見てるよ」とつぶやくのがオチです。
もちろん、彼らは実際のところ、ボールを良く見ていません。
だからコーチもそう言うのです。
しかし、本人は見ているつもりなのですから、「良く見ろ」と何度叫び続けても、状況が改善されることは、まず、ないでしょう。
それよりもむしろ、「ボールがどういう回転をしているかに注意しろ」とでも言った方が良いのです。
直接的に「ボールをよく見ろ」とは言っていませんが、「ボールの回転を見ようとする」ことで、「ボールをもっと良く見る」結果に導かれる、という訳です。
さて、勉強も同じです。
「勉強しろ」といくら言っても、お子さん本人は「やってるよ」と反駁するでしょう。
あるいは「どういう風にすればいいんだよ」とつぶやいているかもしれません。
勉強の場合、「どういう風にするのが勉強なのかわかっていない」ことは、よくあります。
多くの子どもが、「学校や塾で席に座って、先生のお話を聞くのが勉強」とおもっているようです。
自宅で「勉強しろ」と言われても、何をどうするのが勉強なのか、さっぱり見当がつかなくても当然ではないでしょうか。
これは先ほどの「教える側が先入観を持っている」例の一つでもあります。
私たち大人は、義務教育、その後の様々な教育をくぐり抜けてきた身ですから、「どういうふうに勉強するか」(あるいは「すれば良かったか」)を知っています。
しかし、子どもたちは知らないのです。
「勉強しろ」と言う前に、勉強にとっての「ボールの回転」、つまり「どんなふうに勉強をするのか」を指摘してあげるべきなのです。

2.教えようとするな

私たち旧来の塾の反省から、しみじみと実感したのは、学習には二つの要素があるということでした。
すなわち「ハート」と「スキル」です。
ハートとは勉強に対する心構えや姿勢といった、「心」に関係する部分、そしてスキルとは効果的な学習方法といった、技術的な部分です。
この両者のうち、スキルは単なる技術ですから、訓練次第で誰でも熟練者になることができる部門です。
しかしハートは難しい。
なぜなら「ハート」面では、感情をコントロールする必要があるからです。
コンピュータ学習の実験教室が成功したことから、ティーチングとコーチングを分けることが、効率の良い学習指導法であると判明しましたが、その理由はと言えば、ティーチングはスキル、コーチングはハートに対するものだから。
それを分離したから、上手くいったのです。
技術を習得するには、ヘンに感情(ハート)が絡まない方が良い。
心を導くには、教えるという行為と切り離して、コーチに徹した方が良い。
そういう理由によるのです。
子どもたちの「なぜ、勉強しなくちゃならないの?」という質問は、ハートレベルの問いかけです。
そして「勉強しなさい」という親の言葉は、おそらくスキルレベルでの命令です。
話が噛み合っていないことがおわかりでしょうか。
そもそも親が行うべきは、しつけや人間教育といった「ハート」教育のはず。
家庭でのコーチングに、やみくもに「教えよう」という気持ちを持ち込まないようにご注意ください。
なお、Part1で「なぜ子どもは勉強しなければならないのか?」と、ご自身に問いかけてみてくださいとお願いしたのは、お父さん、お母さんが今、行おうとしているコーチングが、ハートの教育だからです。
吉田松陰でしたらさしずめ、「学問する中で自分の個性に目覚め、進むべき道を見つけて行くことができる。
そしてそのようにして見出した道を邁進することで、自分の人生だけでなく人の役に立つための“魂”を身につけていくのだ」と言うことでしょう。
幕末とは質は違えど、現代は大きな転換を求められる激動の時代です。
教育の意味をこのくらい、大きなものに考えておいても良いのではないでしょうか。

3.反省を忘れない

コーチングは、コミュニケーションの技術です。
質問することによって、相手から回答を引き出す。
本人の中にある回答、既に知っていることに本人がまだ気づいていない回答を、質問によって引き出していく技術です。
ですから、スポーツのような実技を伴うものを除いて、コーチは必ずしも、クライアントの専門分野について、深い知識を持っている必要はないと言われています。
スポーツでも、メンタル面でのコーチングでは、コーチがその道の素人でも構わないのです。
ですから親御さんは安心して、我が子のコーチに就任することができるのですが、質問する際の言葉の選び方が上手な人と、そうでない人がいることは事実です。
当然、Part4以降でご紹介する勉強でのコーチングノウハウだけでなく、コミュニケーション技術としてのコーチングそのものを、もっと学びたいと考える方もいらっしゃることと思います。
その場合、コーチングの専門書(ビジネス系の入門書が良いでしょう)を読むことをお薦めしますが、それよりももっと、手っ取り早くコミュニケーションスキルをアップする方法があります。
コミュニケーションスキルを手っ取り早く高める方法・・・、それは、「ご自身との会話」です。
皆さんにもきっと、あともう一歩が踏み出せない「何か」があるでしょう。
規則正しい生活への一歩かもしれない、禁煙への一歩かもしれない、あるいは無駄遣いを減らすための一歩かもしれません。
いずれにせよ、何の問題も抱えていない人間はいないのですから、自分が問題だと感じている事柄に対して、自分自身で問いかけるのです。
「どうして○○してしまうんだろう?」「どうして○○できないんだろう?」・・・。
最初のうちは、自分の中から何の答えも返ってこないかもしれません。
ですがやがて、何らかの回答が心をよぎります。
自分と自分の会話ですから、最初ははっきりした言葉としては思い浮かばなくても、急に、遠い昔の記憶が蘇ったりするなどの形で、回答が自分を訪れるはずです。
こうしたトレーニングによって得られるものは、たくさんあります。
とりあえず三つ挙げるなら、まず第一に、適切な質問の技術を、自分を実験台に磨いていけるということ。
第二に、質問に回答を出すもの、なかなかの大事業だと理解できること。
回答が出たときにはもう、事態を改善する道のりの半分以上を進んでいるのです。
ですから回答がすんなりと出てこないのは当然。
お子さんへのコーチングでも、常に待つ気持ちが大切であることが、身をもって実感できるでしょう。
そして第三に、自分の問題点を見つめることで、「相手と同じ目線に立つ」ことが自ずとできるようになります。
私たちは皆、年齢や環境に応じた問題を抱える存在なのです。

4.目先の点数に汲々とならない

コーチングでは性急さは禁物です。
Part4以降で詳しくご紹介しますが、成績には目に見える成績と、目に見えない成績があります。
実力はついているのに、成績としては反映されない場合も、多々あるのです。
コーチングを始めてもしばらくは、何ら良い結果が得られないように思える時期が続くかもしれません。
しかし、それでまたもとの「勉強しなさい!」モードに逆戻りしては、コーチングに着手しなかった時よりも、事態は悪化してしまうかもしれません。
「コーチングを始めたのに、子どもが結果を出さない」と苛立ちを感じる時は、こう考えてみて下さい。
「私は自分が信じられないのだろうか」「私は我が子を信じられないのだろうか」と。
自分のコーチングに自身がないから、大輪の花が咲く日を待てないのかもしれない。
あるいは、我が子の能力を全く信じていないから、豊かな収穫が得られる日が来るとは思えないのかもしれない・・・。
こんな自信のなさが、子育てを難しいものに感じさせているのかもしれません。
コーチングの初期は特に、目先の点数に振り回されないように気をつけたいものです。

5.人それぞれペースがあることを理解せよ

人にはそれぞれ、その人のペースがあるということを忘れてはなりません。
先ほどの登山の話に戻りますが、もし山頂まで続く階段が用意されていれば、子どもは一人でも、登山口はどこかと迷うことなく、頂上を目指していけるでしょう。
誰でも無理なく登れるよう、階段の一段一段は低く設定しておきます。
さて、この階段を二人の子ども、A君とB君が登ったとします。
A君は頂上まで、2時間でたどり着きました。
そしてB君は同じルートに6時間かかりました。
もしかいだんがなかったら、B君は頂上にたどり着く前に、登ることをやめていたかもしれません。
しかし、多少時間がかかったにせよ、B君は自分一人の力で、頂上に立つことができたとします。
何ごともスピーディを良しとする現代社会では、A君が「頭の良い子」と呼ばれます。
短時間で頂上まで行き着ける方が、確かに効率が良いのは確かです。
しかし、頂上を極められたかどうか、という点では、B君もA君にひけをとってはいないのです。
A君、B君の学力差はほとんどないといって良いでしょう。
では、A君とB君の違いは何か?それは「時間の差」です。
B君は普通の授業にはついていけず、いつの間にか取り残されてしまうタイプです。
しかし「学力が低い」訳ではありません。
頂上に立てたのですから。
B君も自分のペースで階段を登っていけさえすれば、一つの単元を達成し、次へと進んでいくことができるのです。
既に述べたように、小中学生の間にマスターしなければならない学習内容は、特殊な事情がない限り誰にでも到達できる高さの頂上です。
正しい手順で、必要な時間をかければ、誰にでも到達できるのです。
言い換えれば、小中学校の間の「学力差」など、大した意味はありません。
子どもの頃、「飲み込みの悪い子」と言われた人の方が、学者として大成するだけの、ねばり強さを持っている場合も少なくありません。
子どもの学習を見守る際、点数だけでなく、一つの頂上を極めるまでにかかる時間に、一喜一憂しないように心がけて下さい。

6.ほめる時は徹底的にほめよ

子どものやる気を引き出すもっとも効果的な方法は「励まし、ほめること」。
「親がほめ上手なら子どもは伸びる」と断言できます。
「子どもをほめるのが大切なことはわかっているし、ちゃんとほめていますよ」とおっしゃる方は多いのですが、親がほめているつもりでも、子どもは「ほめられている」と受け取っていないのが実態のようです。
たとえば、テストで70点取ってきた子どもに、「えらいね、よく頑張ったね!」とほめる。
次いで「今度は90点を目指して頑張ろうね!」と励ます。
こんな会話をした覚えはないでしょうか?ほめ、かつ激励したつもりかもしれませんが、これでは子どもはほめられたとは感じません。
むしろ70点では不十分で、90点取ってこいとお尻を叩かれたように受け取ります。
それでは、「ほめ上手、励まし上手」のお母さん、あるいはお父さんになるには、どうしたらいいでしょうか。
ポイントは二つです。
まず一つは子どもを見る目を「プラス思考」にすること。
悪いところばかりを探して「ダメじゃないの」と否定的な言葉を連発するのではなく、良いところを探して評価する。
そういう発想の転換をするだけで、子どもに自信を持たせ、「やる気」を引き出すことができます。
第2のポイントは「タイミングよく、思いっきりほめること」。
ほんのちょとしたことでも、子どもが良い言動をとったら、間髪を入れずほめる。
それも針小棒大にほめあげることです。
吉田松陰が「天下一」「防長随一」と弟子をほめ称えたように、70点を取ってきたら、お祝いのパーティーでもしかねないほどに喜んでみせる。
子どもが「大げさすぎるよ」と照れるくらい、心からほめてあげるのです。
ほめられて嫌な気持ちのする人はいません。
子どもは「次回はもっと良い点をとって、もっと喜ばせよう」と考えるようになります。
「やらされる」という意識のある時と、自分で「やってみよう」と取り組む時とでは、子どもの集中力に大きな開きがあることを忘れてはなりません。
子どもを伸ばすには、子どもの日頃の言動を注意深く見守る忍耐力と、「ほめる」というホンのちょっとの心がけがあれば十分。
とても簡単ですし、費用もかかりません。

7.勉強だけがすべてと思わない

勉強には「やらねばならないことは、自分の責任でキチンとこなす」習慣や「一定の時間、集中力を持続させる」能力を育てるという側面があります。
もちろん、これが「何のために勉強するのか」に対する、絶対的な回答だとは言いませんが、勉強を通じて子供たちが学ぶべきことがらのベストテンには、確実に入っているはずです。
では、こういう脳力を身につけるのに、勉強だけが唯一の方法でしょうか?スポーツでも音楽でも何でも構いません。
クラブ活動に熱中することなどによっても、責任感や集中力を身につけることができるのではないでしょうか?義務教育が誰にでも課される通過儀礼だからと言って、勉強ばかりを絶対視しないで下さい。
点数で順位をつければ、必ず一番からビリまで並びます。
要領の良い子もいれば、そうでない子もいるのが世の習いです。
理工系に進学しなかった方で、高校時代、微分積分が苦もなく理解できた人は少ないはずです。
他方で、微分積分はラクラクだったが、小説の読解で「主人公の気持ちは」と言われると、さっぱりわからなかった、という方もいるでしょう。
向き不向きは誰にでもあるのです。
お子さんがやるべきことをキチンとこなし、何か一つの物事に集中して取り組めるのであれば、それで十分ではないでしょうか。
勉強はそうした、人間として生きていくために必要な能力を磨くための、一つの手段でしかありません。
勉強で良い点を取らせることを究極の目標にすべきではないのです。
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